ロックダウン、セブでの暮らし【経緯】

Facebooktwittermail

久しぶりの更新。
2020年8月下旬。ようやく子供たちの学校が始まろうとしている。
2020年の初めには、想像もしなかったwithコロナな生活。
記録のためにも、少しずつまたブログを更新しようと思っています。



まずは簡単に、月単位で2020年前半を振り返り。

1月:コロナのニュース。子供の学校では、コロナ感染者がいる地域へ旅行した場合は2週間、自宅待機をするようにとのお知らせあり。日本も含まれていたため、周囲では予定していた一時帰国を取りやめる日本人家族も多かった。2-3月にかけてセブ留学予定のある知人から状況を聞かれる。この状況で海外への移動は難しいのではないか、ということで合意。(その後、留学は中止された)

2-3月:セブでの感染者がいなかったこともあり、個人的に恐れていたのはコロナよりも差別。中国、韓国、日本の東アジア人への風当たりが強くなっているという話をSNSで見たり、フィリピンで経験したという話を人づてに聞くようになる。私は中国在住邦人たちのSNSでの発信を見て、備蓄を増やすことに専念。3月中旬、ロックダウンが宣言される。子供の学校も、約1カ月早く、突然の終業式を迎えることに。緊急帰国を決める友人たちも多く、そのサポートにまわる。

4-5月:差別を体験したくないという気持ちと、コロナはもちろん、この時期に病気・ケガをして病院に行きたくないという気持ちが強く、ひたすら自宅待機。日本が緊急事態宣言となったこともあり、日本の友人とオンラインで話す機会も増えた。

6月:買い物など外出は全て夫に任せてきたけれど、5月下旬あたりから、10日に1度程度、買い物に出るようになる。そもそも外出許可証が割り当てておらず、知人に許可証を借りることが必要だった。ロックダウンで休業していた歯医者が再開したと聞いて訪問。

7-8月:新・外出許可証が割り当てられたため、週3回は買い物などに出られるようになる。とはいえ、基本は在宅。買い物や所用などで出かけるのは10日に1度ほどのペースで落ち着いている。コロナの影響でデリバリーやオンラインのサービスが充実してきたので、そちらをたくさんするようになっている。8月下旬から子供たちの新学年が始まる予定。



今のところは、こんな感じ。コロナ初期は、色々な不安と日々変わるフィリピンの情勢に頭の中で常にサイレンがなっているような状態だったけれど、この数ヶ月は自分のペースもつかめてきたように思う。

新天地に必要なのは、順応力じゃなくて平穏力だ。

Facebooktwittermail

4月。就職、異動など新しい環境への期待や不安を入り混じった季節。

私は2年前、フィリピン・セブ島へ移住してきました。

思い返せば、大学入学のために上京したことも、就職したことも、転職したことも。

例えそれが自分が望んだことであっても、環境を変えるって大変なことです。

で最近思うのは、新天地に必要なのは順応力ではなく平穏力なのではないかということです。


新しい環境って、いい意味でも悪い意味でも、ある種の高揚感と緊張感がある。

例えば私だったら、移住してきた当初は必要以上にローカルな生活に馴染もうとしていました。

今思えばバカみたいなんですが、日本食レストランに行ったりすることは、なんとなく負けだと思っていた節があります。

でもその時は、高揚感と緊張感で自分でもわからなくなっているんですよね。

自分にとって、何が心地よくて、何がダメなのか?

混沌とした異文化体験に揉まれてわからなくなってしまう。

「早く新しい環境に馴染まなきゃ」と、焦る気持ちも抑えきれない。

新しい環境で楽しいのと、新しい環境に馴染めない落ち込みが交互に訪れて、その振れ幅に心がどんどん疲れていきました。

でも自分自身は、その心の疲れに全然気づいていない

その疲れが日々徐々に溜まって、数カ月後に爆発しました。

爆発から回復するには、相当時間がかかりました。


だから今、私が移住したての頃の私にアドバイスするとしたら「平穏力」です。

和食を食べたり、J-POPを聞いたり、日本にいる気のおけない友人と通話したり。

方法はなんでもいいから、高揚感と緊張感から解き放たれる時間を大切にして欲しい。

短期間で馴染む「順応力」よりも、長期間走り続けるための「平穏力」があってこそ新しい環境で生きていけると思うのです。

自己紹介

Facebooktwittermail

はじめまして yalesna です。

2017年4月に、セブ島へ子連れ移住しました。

このブログでは、セブ島の育児・教育、生活関連情報について主に書いています。

よろしくお願いします。